三分間法話「西溪光憲」

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西溪光憲

法話を聞く

こちらは西山浄土宗総本山光明寺テレホンセンターの西溪光憲です。

一昨年、私は自転車で転倒し顔面を骨折しまして、
怪我の後遺症から視界の右半分が見えづらくなってしまいました。
それからは先の見えないリハビリの生活。徐々に心が疲弊していきました。
そんな時、修行時代お世話になった先達が、わざわざ遠方からお見舞に来て下さいました。
私は有難く思いながら現状をお話ししました。

「目が見えづらくて不便な事ばかりです。
新聞は読みにくいし、車は運転できません。
 本堂でおつとめしていても、阿弥陀佛に目をやると右隣の観音菩薩が見えません。」
そう愚痴を言うと、その方は心配しながらも助言をして下さいました。
「 “観音 ”という字は “音を聞く ”では無くて、“音を観(み)る ”と書くやろ。
 観音様は人々の声や想いを心で感じ取ってくれている。
 その怪我によって今まで気付けなかった周りの人の声や想いがよく分かったやろ。」

その言葉を聞いて、はっと気が付きました。
自分がこんな状態になっても必死に助けてくれる家族がいて、友人がいる。
檀家さんも心配してくれている。
気付く前からそんなお慈悲のような想いに囲まれていたんだなあと
改めて感謝の心が湧いてきました。

西山上人は御法語『鎮勧用心』の中で
『はげまざるもよろこばし 正因円満の故に』と示して下さっています。
励みたくても色々な状況から励めない時がある。
そんな時、“はげまざるもよろこばし”は
“頑張らなくても大丈夫”と元気付けてくれているように感じます。
無いものを願うより、まず今ある現状に感謝する。
“おかげさま”に気付く事が、穏やかな心への道なのだと思いました。

お電話ありがとうございました。

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